津田:テレビでも書籍でも、池上さんのニュース解説はとても人気があります。多くの視聴者や読者の方は、「池上さんの真骨頂は分かりやすさだ」と考えていると思います。
僕個人が池上さんの本やテレビを見ていてすごいなと思うのは、伝えたい情報の分析をした上で、重み付けを行い、強弱を付けて伝える工夫をされているところですね。池上さんのジャーナリストとしての技術がすごいことは誰もが認めると思うのですが、僕は今日、もう一歩踏み込んだお話を伺いたいんです。
池上さんはニュースの解説をするとき、池上さん個人の価値判断や意見は、あえて徹底的に伝えないようにしていますよね。使える時間や使える紙幅のすべてを使って、ひたすら問題の嚙み砕きをするスタイルとも言えます。池上さんはこのようなスタイルを自ら望んで採用しているのでしょうか。それともプロデューサーや編集者から頼まれて行っているのでしょうか。
池上:これは新聞社でも同じですが、NHKに入社するとまず、ニュース原稿に「自分の意見を盛り込んではいけない」「客観報道に徹しなければいけない」と叩き込まれます。ひたすら、自分を殺して、客観的に伝えればいい。視聴者が判断できる「材料」を提供するのが我々の仕事である。どこかのキャスターのように偉そうに「これは、けしからんですよね! こうしなきゃいけないですよね!」なんてコメントするな、と。
もちろん実際にニュースを解説してみると、やはり自分の感情や思いがある。少なくとも、「これをニュースで伝えよう」という個人の感情はある。でも、コトの善悪を判断するのはあくまで視聴者であって、報道機関としては、視聴者に判断する材料を提供すればいいということを、徹底的に叩き込まれたんですね。
私は別に民放に出演したいがために、NHKを辞めたわけではありませんが、辞めてみたら「コメンテーターとして出てもらえませんか」と声がかかりました。すると番組内で必ず聞かれるんですよね。「池上さんはどう思われますか?」と。私としてはものすごく戸惑いました。これまで三二年間の職業生活で「自分の意見は言うな」と徹底的に叩き込まれただけに、「あなたの意見は何ですか?」と聞かれると、「うっ......」と詰まったわけです。
今ではそういう質問を振られたからといって困ることはなくなりました。でも、根底にある精神は変わっていません。「私のような別にたいしたことのない人間が自分の意見を 言ったところで何になるんだ」という思いがある。もっと言えば、「自分が何らかの意見を主張することで、世の中を動かそう」という考えを持つこと自体が、ものすごく不遜な態度だなとも思っているんです。
そもそも民主主義社会というのは、カリスマ的なリーダーなど、誰か一人の「こうするべきだ、ああするべきだ」という意見に引っ張られて世の中が変わっていくというものではありません。国民一人一人がそれぞれの判断をする。その中で、世の中が少しずつ変わっていくという統治形態です。ですから、私としては、自分のやるべきことは、「私はこう思う」と伝えることではなくて、多くの人が自分の主張をまとめる手伝いをすることだと思ったんです。
いろいろな人の意見を整理したり、どこに問題点があるのかを示したり。 よほど自分が興味を持っている分野のこと以外では、「そもそもこのニュースのポイントはどこなのか」が分からないまま、情報だけを目にして、なんとなく「賛成だ、反対だ」 と言っている人が多いと思うんです。でも、「そもそも、ここで問題になっていることは何か」をみんなに分かってもらって、その上で、「自分はこう思う」と判断してもらう。 それが私のできる「世の中への貢献」ではないかと考えています。
もし、それで結果的に 世の中が良くなれば、私はとても嬉しいですね。まあ、こういうことを実践している人が 世の中にあまりいないので、「ニッチ(隙間産業)として食えていけるんじゃないか」と思ったところもありますが(笑)。
津田:著書の『伝える力』にも書かれていましたが、例えば、原発報道に関して言うと、一般の市民の人たちが何をもってもっとも不安になるのかというと、「分からない」とい うことに対してなんですよね。だから実は、世の中を変える以前に、国民が気持ちよく暮らしていくためには、「今、何が起きているのか」が世間の人に伝わるような情報環境にしないといけない。そのために「論点の整理」は、すごく重要なものだと思うんです。そういう意味で、「議論の論点」を解説できる人が足りていないのは、間違いないでしょうね。
池上彰と津田大介、世代と経歴のまったく異なる二人のジャーナリストが交わす最先端のメディア論!!
『メディアの仕組み』
ニュース解説でお馴染みの池上彰氏とウェブメディア界の寵児と謳われる津田大介氏がメディアについて徹底解説します。情報を精査する目を養い、正確なニュースと事実を知るために必読の一冊。
ネットなんてわからない世代も、もはや新聞なんて読まない世代も読むべき、現代日本の<メディアの取扱説明書>です。
テレビ・新聞・ネットを読み取る力、授けます!
[目次]
はじめに 津田大介
第一章 テレビの仕組み
<テレビにタブーはあるのか?>
第二章 新聞の仕組み
<新聞は生き残れるのか?>
メディアの仕組みを知るための五冊(池上彰編)
第三章 ネットの仕組み
<ネットは世界を変えるのか?>
メディアの仕組みを知るための五冊(津田大介編)
第四章 情報で世の中を動かす方法
<事実とは何か? 真実とは何か?>
第五章 「伝える」力の育て方
<世の中はそんなに単純ではない?>
対談を終えて 池上彰
池上彰(いけがみ・あきら)
1950年、長野県生まれ。ジャーナリスト。東京工業大学教授。慶應義塾大学卒業後、NHKで記者やキャスターを歴任。94年より11年間、「週刊こどもニュース」でお父さん役を務める。2005年よりフリーランスとして多方面で活躍。『伝える力』『知らないと損する 池上彰のお金の学校』『池上彰の政治の学校』など著書多数。
津田大介(つだ・だいすけ)
1973年、東京都生まれ。ジャーナリスト、メディア・アクティビスト。早稲田大学社会科学部卒業。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事。2006~08年まで文化審議会著作権分科会の専門委員を務める。『Twitter社会論』『動員の革命』『ウェブで政治を動かす!』など著書多数。
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